2007年10月
2007年10月25日
オーストラリアでトラブル、電気がつかないその1
オーストラリアでトラブル 電気がつかないその1
住む家は決まったので、移住当初から泊まっていたアパートメントハウスを引き払いました。
さて家の鍵をもらい、中に入り、電気をつけてみると、電気がつかない。さてはブレーカーかと思い、ブレーカーを調べてみてもすべてONになっている。
あわてて不動産屋に電話。
『電気がつかないんだけど』とおいら
『電力会社に電話するから、待ってて』と不動産屋
しばらくして、不動産屋から電話が、『電力会社に電話したけど、金曜日の夜だから、いけないみたい。月曜日まで待ってもらえるかな』
『いやだ。電気のない家で過ごしたくない。もうこんな家住みたくないから契約を解除する』と強気のおいら。
『コレは電力会社のミスだから、土曜日と日曜日のホテル代を電力会社に払わせる
ように交渉するからもう少しまってて』と不動産屋
しばらくして不動産屋から電話がかかり、ホテル代は不動産屋が払うとのこと。おいらはおいらで元のアパートメントハウスに電話。また元のところに戻りました。
月曜日、初出社から戻る頃には、直っているでしょう。
住む家は決まったので、移住当初から泊まっていたアパートメントハウスを引き払いました。
さて家の鍵をもらい、中に入り、電気をつけてみると、電気がつかない。さてはブレーカーかと思い、ブレーカーを調べてみてもすべてONになっている。
あわてて不動産屋に電話。
『電気がつかないんだけど』とおいら
『電力会社に電話するから、待ってて』と不動産屋
しばらくして、不動産屋から電話が、『電力会社に電話したけど、金曜日の夜だから、いけないみたい。月曜日まで待ってもらえるかな』
『いやだ。電気のない家で過ごしたくない。もうこんな家住みたくないから契約を解除する』と強気のおいら。
『コレは電力会社のミスだから、土曜日と日曜日のホテル代を電力会社に払わせる
ように交渉するからもう少しまってて』と不動産屋
しばらくして不動産屋から電話がかかり、ホテル代は不動産屋が払うとのこと。おいらはおいらで元のアパートメントハウスに電話。また元のところに戻りました。
月曜日、初出社から戻る頃には、直っているでしょう。
2007年10月23日
オーストラリアで賃貸物件を探す
オーストラリアで賃貸物件を探す
さて、オーストラリアで家探しの続きですが、不動産やに毎日行って、レンタルリストとのにらめっこが続きましたが、一週間経っても希望の物件が見つからず、最悪はモーテルか、キャラバンパークでしばらく過ごすことになるのかなと思っていました。
そして、次の週の月曜日から仕事が始まる、金曜日の午後、インターネットで探していたらよさそうな物件が。
コレでダメなら、しょうがないなと覚悟を決め、不動産屋に行くと、オージーらしからぬ言葉が
『今すぐ、一緒に見に行きましょう』
時間は金曜日の5時。普通のオージーなら、帰り支度をしているところです。
見に行った物件は、築6ヶ月、2ベッドルーム、庭付き、車庫付き、スーパーとバス停も近く、家賃は週200ドル以下。
希望通りの物件だったので、すぐに不動産屋に帰り、申込書を記入。不動産屋は、大家に電話で連絡してくれ、大家はOKとのこと。
インターネットで物件を見つけてから、2時間くらいで決まってしまいました。
今までの苦労はなんだったんだ〜と思いましたが、まあ、とにかく住むところが決まったのはほっとしました。
ほっとしたのもつかの間だったんですが、、、
さて、オーストラリアで家探しの続きですが、不動産やに毎日行って、レンタルリストとのにらめっこが続きましたが、一週間経っても希望の物件が見つからず、最悪はモーテルか、キャラバンパークでしばらく過ごすことになるのかなと思っていました。
そして、次の週の月曜日から仕事が始まる、金曜日の午後、インターネットで探していたらよさそうな物件が。
コレでダメなら、しょうがないなと覚悟を決め、不動産屋に行くと、オージーらしからぬ言葉が
『今すぐ、一緒に見に行きましょう』
時間は金曜日の5時。普通のオージーなら、帰り支度をしているところです。
見に行った物件は、築6ヶ月、2ベッドルーム、庭付き、車庫付き、スーパーとバス停も近く、家賃は週200ドル以下。
希望通りの物件だったので、すぐに不動産屋に帰り、申込書を記入。不動産屋は、大家に電話で連絡してくれ、大家はOKとのこと。
インターネットで物件を見つけてから、2時間くらいで決まってしまいました。
今までの苦労はなんだったんだ〜と思いましたが、まあ、とにかく住むところが決まったのはほっとしました。
ほっとしたのもつかの間だったんですが、、、
2007年10月20日
オーストラリア生活の始まり 家探しその1
オーストラリア生活の始まり 家探しその1
2006年3月、夢にまでみたオーストラリア生活が始まりました。
まずは、生活の拠点の家を探すところからです。
家を探すまで泊まっていたところは、レンタルの一軒屋。3ベッドルームのでかい家で最初の2週間ほど契約をしました。
さて、家探しですが、家を買うほどのお金はないですし、まだここにずーっと住むとは思いませんでしたので、賃貸の家を探しました。
オーストラリアで家を探すときは、まず不動産やに行き、『レンタルリスト』という賃貸物件が並んでいるリストをもらってきます。
その中から、自分の希望に合った地区、家賃のものを選び、実際に自分で見に行き、気に入ったら、不動産やに行ってかぎを借りて、家の中を見ます。
中を見て気に入ったら、不動産やに戻り、申し込みをします。
自分のプロフィールを見て、大家さんがOKを出したら、その家を借りることができます。過去の家賃の滞納がなかったかどうかなども見られるわけです。当然おいらの場合は、移住して最初の家ですので、そういった悪い履歴もないわけですが、良い履歴もないわけで、どちらかというと、大家さんから見ると信用はありません。
ちいさな街なのに不動産やが10件以上もあり、けっこうたくさんの物件がありましたが、なかなか自分の気に入ったものがありません。
日本にいたときは、セキュリティがしっかりしている高層マンションみたいなところに、住みたいなあと思っていましたが、そんなもの、オーストラリアの田舎には建物自体がありません。
仕方がないのでそれはあきらめ、なるべく、キレイで、安い物件を探すことにしました。
条件は、
1. キレイ
2. 2ベッドルーム以上
3. スーパーなどのお店が近くにある(妻のため)
4. バスで、街の中心まで行ける。(妻のため)
5. 家賃は週200ドル以下
最初の1年くらいは、車は1台しか買わない予定でした。したがって、妻のために家探しにおいて、3と4の制限ができたわけです。
オーストラリアに到着して、1週間経ちましたが、全く見つかりませんでした。
あと1週間で仕事が始まるのに、、、
つづく
2006年3月、夢にまでみたオーストラリア生活が始まりました。
まずは、生活の拠点の家を探すところからです。
家を探すまで泊まっていたところは、レンタルの一軒屋。3ベッドルームのでかい家で最初の2週間ほど契約をしました。
さて、家探しですが、家を買うほどのお金はないですし、まだここにずーっと住むとは思いませんでしたので、賃貸の家を探しました。
オーストラリアで家を探すときは、まず不動産やに行き、『レンタルリスト』という賃貸物件が並んでいるリストをもらってきます。
その中から、自分の希望に合った地区、家賃のものを選び、実際に自分で見に行き、気に入ったら、不動産やに行ってかぎを借りて、家の中を見ます。
中を見て気に入ったら、不動産やに戻り、申し込みをします。
自分のプロフィールを見て、大家さんがOKを出したら、その家を借りることができます。過去の家賃の滞納がなかったかどうかなども見られるわけです。当然おいらの場合は、移住して最初の家ですので、そういった悪い履歴もないわけですが、良い履歴もないわけで、どちらかというと、大家さんから見ると信用はありません。
ちいさな街なのに不動産やが10件以上もあり、けっこうたくさんの物件がありましたが、なかなか自分の気に入ったものがありません。
日本にいたときは、セキュリティがしっかりしている高層マンションみたいなところに、住みたいなあと思っていましたが、そんなもの、オーストラリアの田舎には建物自体がありません。
仕方がないのでそれはあきらめ、なるべく、キレイで、安い物件を探すことにしました。
条件は、
1. キレイ
2. 2ベッドルーム以上
3. スーパーなどのお店が近くにある(妻のため)
4. バスで、街の中心まで行ける。(妻のため)
5. 家賃は週200ドル以下
最初の1年くらいは、車は1台しか買わない予定でした。したがって、妻のために家探しにおいて、3と4の制限ができたわけです。
オーストラリアに到着して、1週間経ちましたが、全く見つかりませんでした。
あと1週間で仕事が始まるのに、、、
つづく
2007年10月14日
いよいよオーストラリアへ
いよいよオーストラリアへ
体調を崩しまして、あんまりパソコンを触れない状態でした。人生の中でこんなにも長い間(といっても1ヶ月ほどですが)体の調子が悪かったのは初めてでしたので、健康のありがたみを十分に思い知らされました。
まだ、100%ではありませんが、ほぼ復帰しましたので、ブログを再開します。
で、オーストラリアの話に戻りますが、日本でのやるべきことをすべて終え、いよいよオーストラリアへ出発です。
乗ったのは、シンガポール経由のメルボルン行き。途中3日ほどシンガポールに滞在し、シンガポール観光をしました。
その後メルボルンに到着。
天気は快晴。雲ひとつない天気でした。おいらが住むことになる、田舎町への道筋は、いかにもビクトリア州らしい、曲がりくねった、高低差のたくさんある道でした。
途中、羊とか牛とか、オーストラリアを感じさせる風景を見ながらようやく街に到着。
ホテルに行き、いよいよ移住生活の初日となりました。
どんな、移住生活が始まるのだろうとワクワクしながらの初日でしたが、その時はその後、苦労の連続になるとは、思いもよりませんでした。
体調を崩しまして、あんまりパソコンを触れない状態でした。人生の中でこんなにも長い間(といっても1ヶ月ほどですが)体の調子が悪かったのは初めてでしたので、健康のありがたみを十分に思い知らされました。
まだ、100%ではありませんが、ほぼ復帰しましたので、ブログを再開します。
で、オーストラリアの話に戻りますが、日本でのやるべきことをすべて終え、いよいよオーストラリアへ出発です。
乗ったのは、シンガポール経由のメルボルン行き。途中3日ほどシンガポールに滞在し、シンガポール観光をしました。
その後メルボルンに到着。
天気は快晴。雲ひとつない天気でした。おいらが住むことになる、田舎町への道筋は、いかにもビクトリア州らしい、曲がりくねった、高低差のたくさんある道でした。
途中、羊とか牛とか、オーストラリアを感じさせる風景を見ながらようやく街に到着。
ホテルに行き、いよいよ移住生活の初日となりました。
どんな、移住生活が始まるのだろうとワクワクしながらの初日でしたが、その時はその後、苦労の連続になるとは、思いもよりませんでした。

